By: Adam Tas
第二次世界大戦中にドイツが国家を挙げて推進した人種差別を基本とした抑圧な政策。
虐殺が繰り返され人類史上最大級の惨劇が生まれたとされる強制収容所がある。
アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所
ヒトラーはユダヤ人を絶滅させようとしていた。
アウシュビッツ強制収容所はヒトラーの計画を実行するための施設である。
戦後、その苛烈極まる環境の中で生き残った人間の特性に興味を連合軍は調査団を組織した。
その報告によると、生き残った生命の維持力と身体的強靭さの間には何の関係も見出せなかった。
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そして、生き残った人間の特性は大別すると3つに分類できた。
アウシュビッツを生き抜いた人々の力
壮絶な殺戮が毎日繰り返される収容所で正常な精神状態を保てるのは難しい。
ただ理由もなく殺されていく日々の中にあって、人間の生命を繋ぐものは何なのか。
愛の力
一つは、過酷な環境にあっても「愛」を実践した人々だ。
アウシュビッツから助け出された人をたちは皆、瀕死の状態だった。
ろくな食事も与えられない飢えの苦しみの中にあって、自分の食料を自分よりも弱い病人のために与えることを躊躇しない愛情に重んじた人々が最後まで生存した。
美の意識
二つ目は、絶望の中にあっても「美」を意識した人々。
鉄格子の間から見える若葉、落ち葉が風に揺れる動き、雨の滴るしずくを美しいと感じる心を残した人々。
夢の力
三つ目は「夢」を捨てない人々。
戦争が終わったらパン屋を開いて旨いパンを売ってやろう、この収容所を出られたらば舞台でショパンを演奏して観客の拍手を浴びたい、などの夢を抱くことができた人々が最後まで生存した。
「人類滅亡と文明の崩壊の回避」佐久間章行著書より。
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絶望の中で輝く光を追う
By: Adam Tas[/caption]
夢を持つことで希望が芽生え生きる気力を育む。
事実を直視してなお夢を持つことが自分には出来るのか?
アウシュビッツの中で自分の立場を知ったとき、周りの人間が殺されていく姿を見て僕は夢を捨てずに希望を抱けるだろうか。
飢え死ぬかもしれない状況下で病人に食料を譲れる愛情を持てるのか?
現実を見ない力
アウシュビッツでの状況をしる事ができる現在ではその自信すら僕にはない。
http://matome.naver.jp/odai/2133638503114546301
ただ、苛烈な暗黒の中で生き残った人々が「現実を見ていた」という事実はどこにもない。
現実を直視しない能力が生命を維持させることもある。
認識しない強さ。
気が効かない人の強さ。
高熱のときに体温計の数字を見て、一気に力が抜けるのは認識したことによってもたらされる苦痛。
それを感じないようにするには現実からの逃避、直視しない力が必要になる。
現在の日本。
原発の問題はいまだ解決の糸口すら見つかっておらず、ダダ漏れ状態の放射能。
今後どうなるのかという見通しも立たないまま、原発は再稼動された・・・。
それでも、見てみないふりをする。
この見てみない振りをするという現実逃避は、僕がいうプラス思考に繋がっているのかもしれない。
現に我々は原発や放射能のことを忘れつつある。
忘却の力
僕達は毎日繰り返されないと忘れていく。
忘れないという状態はトラウマという精神的外傷。
トラウマに強いストレスが加わるとPTSDと呼ばれる心的外傷後ストレス障害。
そういった精神的苦痛からの開放が忘却の力なんじゃないでしょうか。
同じ事を繰り返して記憶が固まっていく。
絶望の極限状態で生き残った人間がとった最終的な防御が忘却。
そして生命力を与え続ける最も大きな力が「愛」「美」「夢」
美意識持ち愛と希望と夢を持ち続ければ僕達はかならず成功する。
念じる力から想像を超えるパワーが生まれる。
【LINK】夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録