CHROME HEARTS FASHION

CHROME HEARTS(クロムハーツ)Richard Stark(リチャード・スターク)インタビュー vo1

更新日:

1997年に発売されたCHROME HEARTS(クロムハーツ)写真集。

その巻末を飾ったRichard Stark(リチャード・スターク)のインタビューを掲載します。

彼の言葉はCHROME HEARTSを語る上では欠かせません。

Richard Starkから発せられるメッセージからCHROME HEARTSに伏流する魂を感じ取って頂けたらと思います。

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男の手は持ち主の人生を無言のうちに語る。その手は、年輪を重ねた木の瘤のようにゴツゴツして、ふしくれだっていた。

それは決して醜いのではなく、何か崇高な気配を漂わせた手だった。

ロサンゼルス市内にある倉庫街。通るものといえば地響きのようなエンジン音をたて、巨大な煙を吐いて進むバカでかいトラック程度。

広い通りには人の影は見えない。そんなエリアに、クロムハーツの工場兼オフィスは建っている。

それはまるで、時代から逃れるために作られた要塞のようであった。

私たちは、クロムハーツの創始者、リチャード・スタークという男のパブリックなイメージには似つかわしくない、午前9時30分という約束の時間に少しとまどいながら、厳重に警備された駐車場に車を止め、彼のオフィスに向かった。

ふたつある入口のインターホンを押すと、愛想のない、でもとびきり魅力的な赤い髪の女が現れ、鉄製の扉を開けてくれた。

それはまるで、黒光りした独房の入口と似ている。そして、だだっ広い建物の2Fに通されると、ダークなフローリングの真ん中にある、黒い革張りのひじ掛けイスに腰を下ろしたリチャードがいた。

Richard stark
時々耳の調子がおかしいんだ

という話しからインタビューは始まった。

ずっとお聞きしたいと思っていたことなのですが、貴方の作るものはなぜ、こんなにも人を魅了する輝きを持っているのだと思いますか。

Richard stark
ヘビーなクエスチョンだ。ちょっと考えてもいいかな……

質問を変えましょう。私はクロムハーツのような強くて新しいブランドが、アメリカに出現するとは思いませんでした。

それについて、どう思われますか。

Richard stark
リーバイスは?

確かに、リーバイスは優れたブランドですが、その製品が持っている“意味”というものが全く違うと思うんですよ。

貴方の製品には、スピリチュアルな意味がたくさん詰まっているような気がします。

それはまるで、スペイン・トレドの大司教が纏った法衣のような。身につけると良くわかるんですけど。

Richard stark
確かに僕らは、エナジーを与えるのが仕事かもしれない。
クロムハーツを作ることは、ただのモノ作りじゃないからね。
ここで働くスタッフのひとりひとりが、自分の与えられた役割を精一杯果たすこと。
つまり、自分のポケットにあるコインをそれぞれ出し合って、何かのために寄付をするような感じだよ。 そういう作業において、僕らはスピリチュアルかもしれない。
でも、忘れちゃならないのは、僕らはただの人間だということなんだ。

クロムハーツを作るきっかけはなんだったのですか。

Richard stark
モノを作り始めたのは、何もバイクの会社を作ろうとか、バイクウエアの会社をつくろうなどと思ったからじゃないんだ。
ましてや、大企業の金持ちになりたかった訳じゃない。
ただ、自分が着るためのレザーバイクウエアを、もっともっと巧く作ってやろうと思って、続けてきただけなんだ。

これからもバイクウエアを作り続けていくんですか。

Richard stark
そりゃ、最初に作ったものだし、自分でも一番愛着を感じているアイテムだから、これからも作り続けていくだろう。
でも、今どんどんインスピレーションを得ているから、今後は斬新なものも世の中に送り出していくと思うよ。
あの車体が総シルバーのトレーラーも、新しい試みのひとつさ。
あんなもの作るのは初めてだし、どう作るかもわからないから楽しいんだ。
何かにチャレンジするってことは、とても大変で苦労も多いけど、その張り詰めた空気とか手探りの感覚がとてもエキサイティングなんだよ。

どうして、トレーラーを作ることになったのですか。

Richard stark
僕は昔トレーラーで暮らしてたんだ。

遊牧民のようにね。

アメリカだと、旅してまわるのはひとつのライフスタイルでもあるし。

それに、僕の友達がクロムハーツ仕様のトレーラーを作ってくれって言い出したんだ。で、やってみることになって。

貴方から、とても神秘的で、しかも隙のないオーラのようなものを感じる反面、安心感を与えてくれるような“暖かみ”も感じます。

しかし、貴方の作る製品は、何百年と受け継がれているヨーロッパの紋章のように孤高で気高いですよね。

Richard stark
クロムハーツは、ひとつひとつ、熟練を重ねた手によって作られているんだ。
それに、1日に何千何万という商品を大量に作り出さなくてはならないなんて、大企業のような責任を果たす気などさらさらない。
そんなことをするために始めたわけじゃないし。
この場所は、常に僕がくつろげる家でなくてはならないんだ。それで、答えになってるかな?

ここで働いてる人は、ファミリーだって言えますか。

Richard stark
僕がダディーでみんなはファミリーの一員だ。しかも、かなりイカれた……

ここの工房はまるで’70年代のアーティスト・ビレッジのようですね。

このスタンスをこのまま続けていくんですか。

Richard stark
おそらく変わらないだろう。

ただ、技術はより熟練されていくハズだ。僕らはただの人間だから努力するだけだよ。

最初の質問に戻ります。どうして、ここまで熱狂的な支持を受けたのだと思いますか。

Richard stark
魂が入っているから。

仏像みたいにね(笑) クロムハーツは、身につけていて心地いいし、どんなものにも左右されないんだ。

僕はいつでもこの格好でいる。

ハリウッドの超一流レストランに行くときも、クロムハーツのレザージャケットにレザーパンツだよ。

バイクを降りてそのまま店に足を踏み入れてもその場の雰囲気を壊さないし、自然に溶け込むことができる。

それは、どこに行ってもどんな風景でも一緒さ。

たとえそれが戦場であっても。 それくらいスマートで、頑丈、つまりパワフルなクロージングなんだ。

僕は、クロムハーツをロレックスの時計のように、中世の騎士が身につける装飾品のように、クラシックなものだと認識している。

貴方はただの人間だと言いますが、やはり、神に一種の才能を与えられた選ばれし人という感じがしますが。

Richard stark
その通り!というのも、この髪を切るとパワーがなくなってしまうんだよ(笑)。

今のは冗談としても、確かに神に僕はチャンスを与えてくれたと思う。

僕は、デザインとかアートとか、誰からも教わったことはないし、もともとは大工だったんだ。

でも、今まで、ありとあらゆるすべてのことを、自分ひとりでやってきた。

何もかもね。

つまり、自分で何もかもやらなければいけないというのも、ひとつのチャンスなんだよ。

バイクはクロムハーツに影響を与えていますか。

Richard stark
スタート時点ではすごく。

始まりが、自分がバイクを乗り回すときに快適なレザーウエアを作ったのがモトだからね。

それを欲しがった奴らがあまりにも多いんで本格的に作り始めたんだ。

今でもよく覚えているんだけど、最初のレザーパンツを作ったとき、僕はそれが世界で一番はき心地のいいパンツだと思った。

だけど、今はいてるパンツは改良や装飾が加えられて、前のものよりずっといい。

僕らはモノを作り続けていく限り、過去に作ったものよりも、より良いものを作り出していかなくてはならないんだ。

それをやめてしまったら、モノを作る意味なんてありはしないからね。

それだけに、クロムハーツで働くことは自分を成長さえるチャンスだと思う。

私たちファンは、クロムハーツとどう付き合っていけばいいのでしょうか。

Richard stark
例えば5年前にパンツを買った人がいたとして、革が伸びてサイズが大きくなったりして、はけないようなことになったら、僕のところに送ってほしい。

そうすれば、無料で直す。

確かにクロムハーツは値段が高いけど、それだけの値段を払っても10年経てば、それが高くないことに気付くハズさ。

それから“お下がり”って最近じゃあまり聞かれなくなったけど、子供用のパンツなんか代々、子供たちに譲っていくっていうはき方をしてほしい。

それが、継承っていうものだと思うし、そのなかのひとつにクロムハーツがあれば幸せだよ。

ふだんの1日の生活を教えてください。

Richard stark
だいたい朝の5時に起きる。

そして20分くらいベッドでゆっくり過ごす。

それから、その日の気分でシャワーを浴びたり、浴びなかったり。

そして、レザーを羽織ってバイクにまたがり仕事場に向かう。

遅くても6時までには仕事入りするのが好きなんだ。みんなのくる前のオフィスが。

オフィスのドアを最初に開けるのは貴方なのですね。

Richard stark
そう、東京の友人に電話をかけたり、NYに電話をしたり。

LAとNYじゃ時差があるから、たいていみんな驚く。

NYの奴に仕事を頼んだりするだろう?そうすると、向こうには時差があるから余裕かましてたりするんだ。

そんなとき、『どう、進んでる?』なんて聞くと、あっちは慌てふためくのさ。そうすると、仕事が早く片付く。(笑)

他のスタッフは何時頃出社するのですか。

Richard stark
スタッフは6時30分頃にスタートする。

僕は8時頃までにひと仕事終えて、娘を学校まで送りに行く。

その後、11時頃まで仕事をする。

それからランチですか。

Richard stark
ちゃんとしたランチはあまり食べないけど、野菜やフルーツはよくとるね。

夜、スタッフが遅くまで働いているようなときは、僕がみんなにごちそうをすることが多いよ。

ローリー(奥さん)が作ることもあるけど。

たまに、娘がみんなにクッキーを焼いてくれることもあるんだ。 でも、僕は家族との夕食を心がけている。

野菜やフルーツをたくさん食べるってことは、ベジタリアンなのですか。

Richard stark
いや、ベジタリアンって訳じゃない。野菜はよく食べるけどね。好物はモチなんだ。

えっ、モチって、あの日本のお餅ですか。

Richard stark
そう、あのモチ。大好物なんだ

どこでモチなんて食べたのですか。

Richard stark
初めは、ローリーと彼女の友達と行ったレストラン。

一発で好きになったね。

焼いたモチを何もつけずに食べるのが好きなんだ。

京都に行った時も、モチを食べた。

道端で売っているやつ。うまかったよ。

今日は何時に起きたんですか。

Richard stark
今朝は5時30分に目が覚めたよ。

ビーチの方に住んでる友達のところに泊まっていたんだけど、車に乗り込もうとしたら バッテリーがあがっちゃって、朝からジャンプスタート(押しがけ)するハメになっちゃったんだ。

たぶん近所中の人が起きちまっただろうな。

ビーチの方っていうのは。

Richard stark
マリブのシェール(女優)の家に泊まってたんだよ。彼女とは親友なんだ。

友達は多いのですか。

Richard stark
社交的ってタイプじゃないけど、友達といるのは好きなんだ。特に音楽を聴きに行くのがね。 すべてのアートのなかで音楽が一番クールさ。

お気に入りのアーティストは。

Richard stark
シド・バレット(ピンクフロイドの創始者)、ブライアン・イーノ(ロキシーミュージック)、 ロバート・フィリップ(キング&クリムゾン)、デビッド・ボウイ。新しいところだと1番はトレイジャー・アルマンだね。

ずいぶん内向的な音楽が好きなんですね。どんなときに音楽を聴くんですか。

Richard stark
車を運転しているときとか、時間を見つけては聴いているよ。

バイクは何に乗っているんですか。

Richard stark
ハーレーダビッドソンを3台持っている。勿論シートはクロムハーツ仕様さ。

車は。

Richard stark
全部アメ車。ビッグエンジンが好きなんだ。

’53シボレー・ピックアップトラックに、’56フォードF100ピックアップ、 ’59シボレーエルカミノ、それと’68シボレーSS396エルカミノを持っている。

アメ車がこの世に生み出すパワー、サウンド、トルク、スタイルどれをとってもたまらない魅力だね。

会社を始めたときのメンバーはまだ残っていますか。

Richard stark
最初にいた4人のうち、元パートナーは辞めてしまったけど、他のふたりはまだ一緒にやっている。

クロムハーツのベースは、ウエア、アクセサリー、ジュエリー、ベルト、バッグ、ファーニチャー(家具)だったんだ。

つまり、素材的にいうとレザー、メタル、ウッドが基本を成していた。

今はどんなものを作りたいと思っていますか。

Richard stark
トータルなプロジェクトをやりたいね。

例えば、部屋とか。

部屋全体をクロムハーツな雰囲気でコーディネートして、自分を表現できたらと思う。 だから、NYのショップも自分が納得いくように、すべて指揮して造ったんだ。

もし、次にオープンするなら日本かLAだな。

LAのショップはふたつのロケーションで迷っているんだ。 あと、どこかにファーム(農場)を作りたいと思っている。

えっ、ファームってことは、農業をやりたいんですか。

Richard stark
いや、畑は耕さないけど、大きな納屋を手に入れて、牛とか鶏を飼いたいね。(笑)

出身はどこなんですか。

Richard stark
NYから250マイルほど北に行ったところに住んでいたんだ。

子供の頃は何が得意だったんですか。

Richard stark
バスケットボールとか山登りとか。

アウトドアは得意だったなぁ。

バックパックにいろいろ詰め込んで、キャンプにもよく行った。

子供の頃は墓場で遊ぶのが好きだったんだ。

どうしてかって?僕の家の周りには、墓場だらけだったんだ。その向こうに森が広がっているって感じ。

小さな町だったけど、墓場を越えれば農場に行くこともできた。

そこには、牛や馬がいっぱいいたよ。

でも、とにかく遊び場は墓場だった。ほとんどの時間を墓場で費やした。

冬は、ビンビンに寒いから墓場の池が凍りつくんだよ。

よく、そこで遊んだよ。

若いときはヒッピーに憧れましたか。

Richard stark
まあ、そう思ったこともあったけど、僕はヒッピー世代じゃないからね。

実際はよくわからない。ヒッピーは好きだけど、僕はヒッピーじゃない。

NYの近くに住んでいたのに、なぜ、NYじゃなくてLAに来たんですか。

Richard stark
もちろん、カリフォルニアガールをチェックしに(笑)

ということは、NYの女の子はチェックし終わったのですね。

Richard stark
そこまでは言わないけど、カリフォルニアガールも試してみないとね。でも、結局そこで本命を見つけたんだ。
それが、ローリーって訳。彼女は、マリブのサーファーだったんだ。

ローリーに会ったいきさつは。

Richard stark
彼女には、1988年頃に初めて出逢ったんだ。出逢う前は、たくさんのガールフレンドとドラッグに明け暮れていた。

ドラッグですか。

Richard stark
まぁね、もうやってないけど。実際、今生きているのが不思議なくらいだよ。でも、もう完全に足を洗った。

止めたのはローリーに会ってからですか。

Richard stark
いや……、ずいぶんたってから。

実はつい最近のことなんだ。

本当はドラッグをやっていたなんて、わざわざ発表しなくてもいいんだけど、 僕がドラッグをやったことがないなんて言ったって、誰も信じないだろう?(笑)

でも、きっぱり足を洗えてラッキーだったよ。

日本のファンのなかには、貴方のことを神様のように思っている人もいます。

きっと、あなたの素顔を知りたがっていると思いますが。

Richard stark
そのことについて嘘をつく気ないよ。

ローリーに初めて会ったとき、何か特別な印象を持ちましたか。

Richard stark
ピンときたね。マーケットのレジで並んでいたら、前にブロンドと黒髪のスタイルのいいふたり組みが並んでたんだ。

しばらくして、黒髪の方が振り返って僕を見た。

もう一度僕に振り返ったとき、彼女は“I like your leather”って言ったんだよ。

僕は“Thank you.I made it!”って答えたんだ。ちょっと話して別れたんだけど、もう僕のものって感じだったね。

僕のトレーラーに居候してた友達にこう言った。

『いい女に会ったんだ。彼女は絶対にオレのものだ。彼女に男がいたって関係ない。そんなもの、すぐに彼女のいい思い出にしてみせる。もし、彼女にダンナがいたって、時間は余計にかかるかもしれないけど、それは同じことさ』って。

でも、どうやって再会したのですか。

Richard stark
ローリーがマリブ出身だって言ってたから、マリブで店をやってる友達に電話してみたんだ。

でも、そいつが素直に連絡先を教えないんだよ。

お前にはもったいないとか言って(笑)。

でも、ローリーもまたは同一人物に『リチャードって知ってる?』って聞いたんで、会うことができたんだ。

日本へは、何回くらい来日されているのですか。

Richard stark
3回。京都のお寺を7~8軒廻ったけど、とても気に入った。

でも、一番インスパイアされたのは、日本人のオーガナイズされた部分だね。

日本で一緒に仕事している人たちは、半端なくキチンとしているんだ。

留守電にメッセージを残せば、すぐに返事が来るし、ファックスもすぐに戻ってくる。

これができるのは、日本人だけだよ。あと、驚いたのが携帯電話がどこでも通じることだね。

ここも(クロムハーツ本社)、かなり組織だっているように感じますが。

Richard stark
ローリーがちゃんと見張っているからね(笑)。それに、そのほうが物事もうまくいくし。
Richard stark
実は、いつか日本縦断のバイクツアーをしたいと思っている。

前回も京都でハーレーに乗る機会があったんだけど、京都の街並みにハーレーは似合わないね。

ハーレーに乗ってお寺を2軒廻って、モチを食べた(笑)。そういえば、日本のキュウリも好きだよ。

キュウリ?

Richard stark
そう、アメリカのより小型で味があって、スティックキャンデーみたい。

そのまま、かじりつくのが好きなんだ。もともと、キュウリは好物なんだけどね。

他には日本で何か食べましたか。

Richard stark
京都で山奥のレストランに行ったけど、隅から隅まできれいな場所で風情があったよ。

そこで、冷たいものから温かいものまでたくさん出てきたけど、実際何を食べたかよくわからなかった(笑)

日本で自由な時間は持てましたか。

Richard stark
毎日、毎晩ぎっしりのスケジュールで、予定、予定、予定って感じだったよ。

でも大阪で日本式のタトゥーを入れた。電気じゃなくて昔ながらの方法で竹を使うやつ。6時間くらいかな。

でも、まだ完成じゃないから、また行かないといけないんだ。

色も入れたんですか。

Richard stark
いや、墨だけでグラデーションをつけるんだ。

日本で印象に残っていることはありますか。

Richard stark
日本の駅とか電車の中とか、何もかもがきれいだよね。

あと、子供たちのおそろいの制服もね。お寺で脱いだ服を揃えているのは新鮮だった。

クロムハーツの名前の由来について教えてください。

Richard stark
さっきも言ったけど、自分のためのレザーウエア作りから始めたんだ。

それを着ているうちに、友達や知らない人にまで同じものを作って欲しい、と声をかけられるようになって発展していった。

本格的に始めたのは、友人が監督したB級ホラーコメディー映画の衣装をやったときなんだ。

その映画のもとのタイトルが“クロムハーツ”だった。結局、そのタイトルにはならなかったんだけど、すごく気に入って使ったんだ。

クロムっていうのは、バイクに使われている金属のこと。

バイカーたちのあいだで、“CHROME DON’T GET YOU HOME”っていう言葉があって、これはバイクをピカピカにしていたって、よく走る訳じゃないっていう皮肉の文句なんだ。

よく、走り始めのひよっ子をからかうために使うんだけど。

僕はこれをもじって、“CHROME DON’T GET YOU HOME,BUT CHROME HEARTS WILL GET YOU SOMEWHERE THAT MAKES YOU FEEL LIKE YOU’RE HOME

(クロムハーツは自分が自分だと思える場所まで連れて行ってくれる) ”をキャッチフレーズにしたんだ。

クロムハーツのコンセプトを端的に表した、素晴らしい言葉ですね。

“ 自分が自分だと思える”っていうのは、どんなときでも大事ですものね。

他に衣装を担当した有名人はいるのですか。

Richard stark
その後、元セックスピストルズのスティーブ・ジョーンズに会って衣装を担当した。

他には、ザ・カルト、エアロスミス、ビリー・アイドル、モトリークルー、そして、みんなも知っている通り、レニー・クラビッツの衣装をやった。

そのほか、個人的に会って衣装を担当した人は、本当、数えきれないよ。

マドンナもファンだということを聞きましたが。

Richard stark
クロムハーツを買ってくれているみたいだけど、まだ会ったことはないんだ。

貴方の人生で最も大切なものは。

Richard stark
娘と妻。それに、クロムハーツ。

新しいものにどんどん挑戦していますけど、クロムハーツはどうなっていくのでしょうか。

Richard stark
新しいものも作るけど、僕は「10年前に初めて作ったレザージャケットを今でも着ている。

ひとつだけ、ジャケットを挙げろと言われれば真っ先にコレを挙げるだろう。

もし、売ってくれと誰かに言われたら、こう言うね。『僕が走った1マイルにつき1ドル。

僕は、トータル145,000マイル走ったから、145,000ドル(約1,800万円)だ』とね。

つまり、売りたくないんですね。

Richard stark
まぁ、そういうことだね。

次に作りたいものは。

Richard stark
LAのお店。

花瓶からキャンドル、家具、ドアノブ、それに鏡とガラス製品、鍵穴まで全部やりたい。

遊びだと、車とかトレーラーを作ることかな。

ウエア、リング、バックルとかの定番モノは、これからも作り続けるだろう。

今だと、平均50アイテムは同時進行で作っているんだ。

作りたいもの、作れるものはエンドレスだね。

運命の奥さんとの出逢いによって何か変わりましたか。

Richard stark
僕自身は何も変わらない。

それは、誰にでもあてはまる真実なんだ。

でも、誰かがそばにいてくれるってことは、大きな力を与えてくれると思う。

ローリーに出逢う前の自分と、出逢った後の自分、どちらも自分だからね。

人は、成長する生き物なんだ。

でも、僕は子供の心をなくしたくはない。

くそジジイになってもね。

Richard stark
そういえば、去年のバースデーは大阪で過ごしたんだけど、うれしいことに日本の仲間がパーティーを開いてくれたんだ。

そのとき貰ったプレゼントが、日本のポルノ雑誌。それが、超ワイルドで最高だった。

ここの2Fのポルノ便所に貼ってあるヌード写真みたいなやつだよ(注:トイレの壁という壁が女性のヌード写真で埋まっている)

日本ではまだ、局部は解禁じゃないのを知っていましたか。

Richard stark
うん、知ってるよ。

こういうのは本来、アンダーグラウンドなものだから(笑)。

クロムハーツもある程度は有名だけど、リーバイスやハインツのように家族中の誰もが知っているブランドって訳じゃない。

ある意味で自分たちはアンダーグラウンドだと思うんだ。

だから、比較するんだったらそういうメーカーより、エルメスと比べて欲しいと思っている。

エルメスは新しい商品をどんどん作り出しているけど、それらは全部、クラシックでコンサバティブだよね。

クロムハーツも、エルメスみたいに200年くらい続いて欲しいね。

旅はたくさんしたんですか。

Richard stark
たくさんしたよ。ローリーとも、娘ともね。

ローリーが妊娠したことに気付いたとき、僕らは2,000マイルのツーリングの途中で、サウス・ダコタにいたんだ。

妊娠3ヵ月ぐらいかな。それでも、旅は続けたんだ。あと10日間ほどあった予定の通りにね。

娘はバイクの上でアツくなってたと思うな。(笑)

将来について何かイメージしていることはありますか。

Richard stark
僕は目の前にあるものとか、形以外には、まったく興味がないんだ。つかみどころのないものについて話すなんて特にね。

人生を楽しく生きることしか考えてないよ。

そのために、一生懸命働いて、風を切ってバイクを走らせて、快楽の限りを尽くすんだ。

世界中の道路をバイクで駆け抜けてみたいと思っている。

Richard stark
それに、僕の周りにいる奴らは、常にハッピーでいて欲しいと思っている。

例えば、誰かがクロムハーツを辞めてどこかに移りたい、どこか別の場所で勉強したい、と言い出したら、僕にとってすごく必要な人間でも引き留めたりはしない。

その人のチャンスを潰したくないからね。

何度も言うようだけど、僕と関わったすべての人にハッピーになって欲しいんだよ。

最後に、日本の読者に何かメッセージお願いします。

Richard stark
うーん、できたら僕の手書きメッセージを後で送ってもいいかな。

パーソナル・ヒストリーみたいなものをまとめてみるよ。

もし、そうしていただけるなら、ぜひお願いします。

Richard stark
そのほうが表現しやすいし、きっとクールなものになると思うんだ。

ぜひ、よろしくお願いします。お忙しいところ、インタビューに答えてくださり、本当にありがとうございました。


どうでしたか。

これがCHROME HEARTSです。

リチャード・スタークが創ったCHROME HEARTSの世界観が垣間見えると思います。

CHROME HEARTSが高額な理由。

受け継いでいけるものとして一生モノと呼ばれた所以もわかったでしょう。

このインタビューはクロムハーツの素晴らしいフォトグラフと共にクロムハーツ写真集に掲載されています。

クロムハーツというブランドを語るには欠かせません。

ぜに手に入れて下さい。

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